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提言

研究者のニーズを捉えるアンテナ作り

日吉ITC所長 種村 和史


日吉ITCでは教職員ユーザーとの情報交換・意思疎通を図るため、年二回利用者協議会を開催しているが、そのたびに教員がITCに求めるものの多様さに目を見張る。語学・総合教育科目・体育科目などの教育が行われている日吉キャンパスは、多岐にわたる専門分野の教員を擁しており、個々の教員ごとにITとの関わりも様々であろうとは予想していたのだが、実際聞いてみると予想をはるかに上回っている。

教員は教育者と研究者という両面を持っている。このうち教育者としてのニーズについてはまだしも把捉しやすい。学部こそ異なれ、同じ年代の優秀な学生を対象にしていることもあり、教員というものが基本的に所与の条件の中でできるだけ効果的に授業を進める工夫を凝らすものということもあり、また教育の方法や学生の反応などについては互いに情報交換する機会も(しようと思えば)比較的容易に得られることもあり、同じキャンパスに奉職する教員・職員であれば、教育現場でITがどのように利用されているか、またどのようなサービスを展開すべきか、ある程度は想像可能である。

それとは異なり、教員が研究者としての立場からITCに求める事柄には、私から見ても、「えっ、そんな使い方するの?」と驚いてしまうものがしばしばある。驚きの一半は、「初めて知った」ということによるが、これはこと研究の方法に関しては、他分野の研究者同士で情報交換する機会がきわめて乏しいことを意味する。ある専門分野の常識は他の分野では通じず(いうまでもなく共通する部分も大きいのだけれども)、流儀とか作法とか呼びたくなることさえある。

同じ研究者であっても驚かされることがしばしばなのだから、ITCが新たな事業展開を考える時に、教育活動のインフラはまだしも、研究活動を支えるインフラとして何が求められているかを把握するのには大きな困難があるだろう。しかし、それでもニーズを理解しできるだけ良質のサービスを提供する努力を放棄することはできない。外からはいかにニッチで奇異なニーズに見えようが、その分野を自分の研究者としての勝負を賭ける土俵としている人にとっては生命線と呼ぶべきものであるからである。そうした種々様々の流儀や作法を持つ研究の集合体こそが慶應義塾であり、研究者の創造的活動に足かせを嵌めてしまうのは、とりもなおさず総体としての慶應義塾の研究水準を低下させることになる。

そこで一つ提案なのだが、このITCの活動報告書で、様々な分野の人々に自分の研究にITはどのように利用されているのか、また慶應義塾としてどのようなサービスがあってほしいか、虚心坦懐に語ってもらうコーナーを設けたらどうだろうか?学生の教育には長い時間がかかるが、教員の啓蒙はさらに長いスパンで考えなければならない。ITCとして何を伝えたいか、どうすれば伝えられるか、いろいろな部署と協力し知恵を出し合って、少しでも状況を改善させていくことが大切であろう。

で、まず隗より始めよ、ということで私のことを書かせていただく。私は中国古典文学を専門にしているものであるが、ITCに求めたいことは、メディアセンターとのサービスの連携・技術の交流をより積極的に進めてほしいということである。

中国古典研究、いわゆる『詩経』とか『史記』とか唐詩宋詞とかを対象とすると言えば、いかにもかび臭い書物に頭を埋める古くさい学問で、さぞかしITとは無縁の世界と思われようが、あに図らんや、デジタル技術とは親和性が高く、それなしには一日として研究を行えないというのが実状なのである。

中国の古典文化は伝統を何より大切にした。創作の場で言えば、「典故」を重んじた。作者の頭でゼロから作品を作り上げることよりも、先人の優れた思想や表現を充分に咀嚼し、それを取り込みながら自己の作品を作り上げていくことが貴ばれた。したがって我々が古典文学作品を研究する際にも、その作品だけ見るのはなく、それがどのような土壌から生み出されたのか、その作品に関係する膨大な作品群と逐一(一語一語のレベルで)比較しつつ、影響関係を調査することが基礎作業として不可欠である。

こうした事情で、中国古典のデータベース化、およびそのオンライン化はいちじるしく進んでいる。一例を挙げれば、清朝乾隆帝の時代、(その当時の価値観で評価に値した)古典という古典をすべて集めた『四庫全書』という一大叢書が編纂されたが、これは早くに一字検索が可能なデータベースとしてデジタル化され、今や研究に欠かせないツールとなっている(とは言えこの総字数十億字に及ぶデータベースも、単純計算すると、総人口十三億の中国では一人が一文字ずつ入力すれば一瞬でできてしまうことになるのだから、やはりすごい国である)。この『四庫全書』を凌駕するような巨大なデータベースが次々と作られ、オンラインでサービスが提供されており、それにアクセスできるか否かが研究の最前線に立てるか否かを決定する鍵となっている。

こうしたデータベースの中には、ユーザー契約をした側でサーバーを用意しデータベースを管理する仕組みになっているものも多数ある。だが、現在のところメディアセンターだけではそのような環境を提供する余裕がないようである。これは、我々の「業界」からすれば、インフラが整わない関係で優良な研究資源にアクセスできずみすみす指をくわえて見ているしかないということを意味する。あるいは逆に、慶應義塾の研究者が優れたデータベースを作ったとしても、それを慶應発の学術資源として学界に提供することができないということを意味する。このような場面で、情報技術のプロ集団であるITCが、知識や技術面でメディアセンターに支援をすることは充分可能であろう。要は協力の仕組み作りの問題である。大学で研究環境を用意できないがために、研究者のインプット・アウトプットに支障を来し、研究の質を上げられないということがないようであってほしい。

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という具合に、マイナーな分野にもマイナーな分野ならではのニーズというものがある。ITCとしては、様々なニーズを敏感に捉えるアンテナを用意することが大切ではないだろうか。

最終更新日: 2014年10月17日

内容はここまでです。