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提言

世界の医学研究の情報が集まるところ

芝共立ITC所長:大江 知之


これを執筆しているのは、学生の短期米国研修に同行しちょうど帰って来た時期に重なっている。記憶に新しいということもあり、誠に恐縮だが、昨年に引き続きアメリカで見てきたばかりのものを紹介したい。昨年はボストンの話だったが今回はワシントンDCでの話である。

DCの郊外にあたるメリーランド州のBethesdaというところに、National Institutes of Health(NIH)がある。日本語ではアメリカ国立衛生研究所と言い、米国の医学研究の拠点である。NIHに関係するノーベル賞受賞者は100人を超え、まさに人類の英知が集まった研究機関と言える。この敷地の一角にNational Library of Medicineすなわちアメリカ国立医学図書館がある。この図書館自体、世界中の医学関連の古書や写真、マイクロフィルムなど貴重なものが収蔵されており、それが閲覧できるというだけでもものすごいことなのだが、この建物の地下に巨大なサーバーがある。幸運なことにこの度この部屋に入ることを許された。

この地下室は核爆弾が落とされても大丈夫と言っていたが、確かに非常に分厚い壁と厳重なセキュリティーで守られていた。このサーバーは何かと言えばPubMedである。ライフサイエンスに関わる人であれば一度は使ったことがある代物で、研究者はもちろん学生でもほぼ毎日お世話になっているものである。連れて行った薬学部の学生は大興奮である。PubMedとは、ライフサイエンスや医学に関する参考文献やアブストラクトを掲載するオンラインデータベースへの検索エンジンである。何とこのデータベースはフリーアクセスつまり無料で開放されている。米国民の税金で運用されているわけだが、米国外にも無料公開しているところがアメリカらしい。しかし当然これはアメリカの戦略である。現場で実際に見せてもらったのだが、リアルタイムで現在どこからどのくらいアクセスがあるのか、どういうキーワードで文献検索されているかなど世界中の研究者の動向や思考が手に取るように分かる。やろうと思えば、世界の研究者がどういうアイデアを持っていて何をしようとしているかなど推測することも可能だそうだ。合法的に未発表の知財に関する手がかりを入手できるわけである。

考えてみればgoogleをはじめとする一般の検索エンジンでも同様のことは起きている。しかし、PubMedを通して得られるのは医学研究に関わるかなり限られた専門家の検索情報ということで、信頼性が高い情報収集ができることに価値がある。情報を得るためには情報をある程度与えなければならないというのは、1対1の人間同士のコミュニケーションと同様で、ある意味当然なのかも知れない。しかし、我々の考えていることが知らない間にあの一室に集まっているということを目の当たりにしてしまうと一縷の不安はある。

もう一つ、今回考えさせられたのは顔認証のことである。この一年で、空港でもNIHをはじめとする各施設でも顔認証システムが次々と導入され、セキュリティ体制が大きく変わりつつある。訪問したある病院では患者のいる場所、例えばトイレに入っているとかもリアルタイムでモニターを見るとすぐ分かるようになっていた。日本でも、来年の東京オリンピックを目標に顔認証システムの導入が急ピッチで進められている。入退場、防犯、買い物、迷子捜しなど様々な用途が検討されているらしいが、恐らく将来的に顔パスでいろいろなことができてしまう世の中になっていくのだろう。大学でも、試験の時に簡単に本人確認できるシステムとか、講義の際教壇から一枚写真を撮れば学生の出欠が確認できるシステムとか、どの学生がどの席に座っているかを即座にリスト化できるシステムとか、いろいろ応用は可能だと思う。ただ、教員側から言わせればものすごく便利だが、学生にとっては講義をちょっと抜け出すこともできず、かなり窮屈なことにはなる。最近は、便利さや安全のためには多少窮屈な世界になっても受け入れられる傾向はあるので、恐らくこれに関しても検索エンジンと同様、不安はありつつも実現し広がっていくだろう。

このように、便利さや安全・安心を得るときは、ギブアンドテイク、つまり、こちらの個人情報やプライバシーなどをある程度提供する必要はある。しかし、こういうことは頭では理解していても感覚として拒絶する人は少なくないものである。そのあたりのバランスをどう取るか。ITCでも今後新たなセキュリティ対策を進める上で、利用者にそうした理解をしてもらうための努力を怠らないことの大切さを痛感した。

最終更新日: 2019年9月5日

内容はここまでです。